2009年1月25日日曜日

ヘミシンク浸け

日曜日。
今日一日、ヘミシンク三昧で過ごそうと決める。
朝6時。
妻も子供もまだしっかりと眠っている。チャンスだ。
リビングのエアコンを点け、準備万端整えて、いざF21へ。
今ひとつはっきりしたイメージが得られない。
何となく見えてきたのは、平原。
そのうち山並みに変化する。
だが、はっきりとしたイメージではない。不明瞭。

午後、2度目のヘミシンク。
再びF21へ。
今回はガイドと会うことが出来た。
いつもの高橋さんではない。初めて会うガイド。
ちょっと古田新太に似ている気がする。
頭頂部が薄い。
温水洋一みたいに毛を後ろから前に持ってきている感じ。
金縁の眼鏡をかけている。非常に真面目そうな顔である。
何時になく、かなりはっきりとした映像として見えたことに驚く。
自分のガイドか確認、そうだという。
F21らしい風景が見たいとお願いすると、イメージが切り立った崖に移る。
その崖の上部先端に立っている。
下まで相当距離がありそうである。何処まで深いか見えない。
ここがいわゆるローカル1とローカル2の境目なのか。
この崖のこっちかたがローカル1(この世)で、崖のむこうかたがローカル2(あの世?)と言うことなのだろうか。
F21のイメージは全般的に薄暗い感じがする。いつもそうである。
ここがローカル1とローカル2の境目ならば、そこを繋ぐ橋かなにかがあるはずである。
と思っていると、右側に長い「動く歩道」が見える。
延々と前方に伸びているように感じる(ちゃんとしたイメージではなく、何となく、といった感じ)
昨日だか一昨日F21に来たとき、カフェの近くにあった銀色のエレベーターと同じものか。
いや、同じではない。エレベーターと動く歩道の、何処が同じだというのか。
ただ目的は同じため、見る状況によって見え方が違っている、と解釈することも出来る。
ナレーションが帰還するよう言っている。
ガイドに感謝して、C1帰還。

夕方、3度目のヘミシンク。
これでもかのF21。
ガイド(先ほどの古田新太似のガイド)に再び会う。
何でも聞きたいことがあったら聞いて良い、みたいなメッセージを感じるが、何も考えずにセッションに突入したため、うまく質問事項が頭に浮かんでこない。
やや慌てつつ、咄嗟に出てきた質問が「死んだらどうなるのか」
すると、自分の体から意識が浮き上がるようなイメージが浮かんできた。
しかし、足が頑丈にくっついていて、うまく体から抜け出せない。
足首を強い力で握られているイメージ。
懸命に抜けようとするが抜けられない。
意識はなんとか体から抜け出そうと、上の方に持ち上がりかけるのだが、どう頑張っても抜けられない。
このまま抜け出すことが出来ると、体外離脱になるのかな。
要は、人間死ぬと体(肉体)から意識(魂?)が抜け出す、という意味か。
あまりにもありふれたイメージのため、今ひとつリアリティに欠ける。
どうも、まだうまくガイドからのメッセージを受け取ることが出来ない。
どうしてうまく行かないのか。やや苛つく。
ちゃんと繋がれるレベルに達していないから、とのガイドからの答え。
ちゃんと繋がるにはどうしたらいいのか、ガイドに聞いてみる。
繰り返し、会いに来なさい、とのこと。
要は練習あるのみ、と言うこと。
ガイドに感謝と礼を言って、C1帰還。

今日は1日に3回、F21のCDを聴いたが、まだまだ得られるイメージは貧弱である。
まあ、毎日のように聴き始めてまだ1ヶ月ちょいなので、こんなものなのかもしれないが。
見えているイメージすべてがガイドからのメッセージとは限らない気もする。
半分くらい、あるいはもっとかもしれないが、私の勝手な想像ではないのか、などという不安もある。
しかし、想像は創造である、というのがヘミシンクの世界。
イメージが本物かどうかについては、確信が持てるまで聴き続けるしかない。

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